【才媛復活】女子ボートレーサーのさまざまな復活のカタチ

ボートレーサーには、さまざまな理由でレースに出られない状況が生まれます。それはポジティブな理由であることもあれば、ネガティブな理由も考えられるでしょう。

いずれにしても、そこから再びプロとして最前線に戻れるかどうかは、本人の強い意志が鍵になります。たとえ前向きな理由の休養であっても、ブランクはブランクです。操縦技術も整備技術も、常に現場で走り続けているボートレーサーに比べれば、錆びついているのは否めません。

ブランクも1ヶ月や2ヶ月であればマシですが、3ヶ月、半年、1年と長くなるにつれて、気力も体力も萎えてくるのは避けられないでしょう。

この記事では、そんな空白の期間を経て見事に復活し、2021年9月現在も現役で戦い続けているボートレーサーに注目。特に、男子選手さえも圧倒する精神で舞い戻ってきた女子選手にフォーカスを定め、実例とともに解説していきます。

目次


女子ボートレーサーが休む理由はいろいろある

ボートレーサー、とりわけ女子選手が休む理由は、男子選手以上に多彩かつ複雑で、やむにやまれぬものが多いといえるでしょう。これは女性特有の問題も含まれているため、センシティブであることも確かです。

ゆえにこそ、復帰が成し遂げられないとしても、それは決して恥ずかしいことではありません。一方で、復帰を果たし、堂々と第一線でやりあえるまでに勝負勘を取り戻す才媛の皆さんは、実にすばらしいと称賛すべきでしょう。

では、実際にどのような長期休養の可能性が考えられるのか。主要な理由は2つあります。それぞれ解説していきましょう。


特に多いのは出産や育児

男性には存在しない女性特有の長期休養の理由として、「出産」という一大イベントが挙げられます。科学医学が発達すれば、あるいは男性も妊娠できるようになるかもと言われていますが、2021年現在は少なくとも出産は女性のみにとっての命をかけた戦いです。

これはまた日本社会が抱える課題でもありますが、育児休暇、育児休業という観点からも、まだまだ女性だけが取得するパターンが多くなっています。

女子ボートレーサーは環境からも男子ボートレーサーと夫婦になることが多く、一般的な勤め人と結婚する人は少数派に入るでしょう。ボートレーサーは、つまり個人事業主です。休んでいるあいだは無収入になるのが本来の状態であり、生活を維持するだけの働きや仕組みは、常に考えておかなければなりません。

そうなると、やはり父親である男性ボートレーサーが競技を続け、母親である女性ボートレーサーが産休から育休へとシフトする、というのが基本的なスタイルとして定着しています。

このため、出産を理由とした産休から、子どもがある程度は両親以外のお手伝いさんでも面倒を見られるような年齢、いわゆる「物心がつく」年齢までの数年間を育休として長期の休みを取ることも珍しくありません。

相当な負担なのは間違いなく、「出産を機に選手生活を引退してしまおうか」と考えるのは自然のなりゆきです。


ボートレーサーが避けては通れないフライング休み

ボートレーサーであるがゆえに、ときとして降りかかる長期の休業もあります。それがフライング休みです。フライング休みとは言いますが、ごくまれに出遅れも含むため、より正確には「スタート事故による有期のあっせん停止期間」と呼ぶべきでしょう。

フライング1本目であれば、30日間の休みで済みます。30日で済むとはいっても、先の項目でも述べたとおり、ボートレーサーは個人事業主です。レースのあっせんが止まれば、たちまち無収入へと転落します。

しかも、フライングが1本ならまだ良いほうでしょう。期間中に2本目のフライング、いわゆるF2を重ねてしまうと、+30日のF1に、さらに+60日の罰則が課されます。1回で30日、2回は30日と60日で、合計90日、約3ヶ月の休みです。

そして、選手が最も恐れるのがF3。算定期間中の3本目のフライングです。F1の30日、F2の60日に加え、3本目は90日が積み増しになります。すなわち、合計で180日間、約半年休まなければいけません。

これは致命的です。半年の出場停止は、否応なしに級別がB2級まで落ちることを意味します。「F3はキャリアに2年分の傷をつける」という格言が、ボートレースがまだ競艇とのみ呼ばれていた時代からありますが、その理由がここにあります。B2級からやり直してまたA1級まで上がるとしても、また好成績を積み重ねないといけなくなるからです。

フライング休み中も関係者ではありますので、地元水面で練習などを行うことはできますが、実戦の感覚を取り戻すだけでも大変でしょう。もちろん、肉体の鍛錬も欠かせませんし、エンジン整備の技術も衰えさせられません。

ちなみに、期間中4度目のフライングとなるF4は、もうおわかりと思いますが、F3の合計180日に、さらに180日がプラスされます。合計1年の休みで、引退勧告まで出されてしまいます。もちろん、勧告を断ってボートレーサーを続けることも可能ですが、「ボートレース場の売上やレースの展開に多大なダメージを残す選手」にあっせんが入るかと言われると、それまでの積み重ねがないと厳しいでしょう。

なお、SG優勝戦でのフライングは、ビッグレース限定のF4のような扱い、すなわちSG競走からの1年間の出場除外になります。SGで戦える名選手が一般戦を走ることを余儀なくされる、あまりにもつらい1年が始まってしまうのです。


見事な復活を果たした女子選手3選

こうした主要な理由から、選手個人の事情による特別な理由まで、ボートレーサーはいろいろな理由で長期の休業に入ります。

では、女子ボートレーサーで長い休みから帰ってきて、この勝負の世界でどれだけ戦いに戻れるものでしょうか。

日本社会においては、産休や育休から帰ってきた女子社員の仕事がない、閑職に回された、給与を下げられたという訴えが見られます。労働法の整備もそうであり、社会の受容性もまだまだジェンダーフリーの段階に追いつけていないためです。

ボートレース(競艇)では、こうした問題は起きないのでしょうか。結論としていえば、起きません。女子選手が最も活躍する公営競技である競艇、そしてボートレースは、研ぎ澄まされたその技術がなおもプロとして認められるものであれば、いつでも復帰を歓迎しています。賞金の減額なども一切ありません。

2021年9月現在も、長い休みを経て戦いの舞台に復帰し、見事な活躍を続けている女子選手は複数います。ここからはその実例として3名の女子ボートレーサーを紹介し、勇気ある彼女らの魂の記録に触れていきましょう。


産休からの復帰:鎌倉涼(4456/大阪)

3年超におよぶ産休から復帰し、ついにA1級まで返り咲いたのが大阪支部の鎌倉涼選手です。結婚前から美人レーサーとして有名だった鎌倉選手は、今なおその美貌を輝かせながら、水面を滑走しています。

1989年4月30日生まれ、大阪府茨木市出身の鎌倉涼選手。20歳を目前にした2009年の4月にはデビュー初優出を決めるなど、早くもその才能を評価されていました。2015年には男女混合戦2つを含む6つの開催で優勝。女子の頂点を嘱望される存在となります。

そうした状況で迎えた2016年3月1日、静岡支部の深谷知博選手との結婚が発表されました。このときにはすでに妊娠もわかっており、前年末のクイーンズクライマックス2015(福岡競艇PG1)以降は出走を見合わせていました。つまり、2016年の頭から産休に入っていたといえるでしょう。

SG競走にも出走を果たしていた鎌倉涼選手は、それから約3年の産休および育休に入りました。幸せを願いつつも、すばらしい才能が水面で見られないことを残念がったファンも多く、その復帰は切望されていました。

2018年12月、約3年のブランクを経て、鎌倉涼選手はボートレース蒲郡で復帰を果たします。この長い休業の3年目には「復帰できないかもしれない」と不安を抱いたという鎌倉選手ですが、ついに帰ってきました。

ただ、そこには厳しい現実が待っていました。あれほどの名選手だった鎌倉選手が、なかなか勝ちきれなくなっていたのです。さすがに女子選手のなかでは目を見張る技量を見せるのですが、それでも休業前のような大活躍には至りません。

実は、この休業期間中にボートレースでは技術革新が進み、一部のボートレース場が採用していた高出力の減音モーターが各地で採用され、全24場が入れ替えるに至っていました。この減音モーターは新型であり、長らく現場を離れていた鎌倉選手にとって「厄介な代物」となっていたようです。

加えて、体力も数年前から落ちたことを実感し、ボートレーサーの命である距離感覚もいささか不安が残りました。

それでも、「ほかのママさんレーサーは頑張っている」と発奮。2020年5月、尼崎プリンセスカップ2020(尼崎競艇一般)でついに4年7ヶ月ぶりの優勝を奪取しました。そこから年末まで優勝ができませんでしたが、いよいよ本調子を取り戻したか、2020年12月から2021年8月までに5つの優勝を積み重ねました。

2021年9月現在、その勝率は7.67、2連対率61.00%、3連対率83.15%というすばらしい次元にまで達しています。名選手たる「鎌倉涼」は、まさしく完全復活を遂げました。これからのさらなる活躍が期待されるでしょう。


フライング休みからの復帰:日高逸子(3188/福岡)

危機は年齢を問わずにやってきます。その姿は天使か悪魔か。誰も知る由はありませんが、あまりにも苛烈な試練を与えて、人間を苦しめます。

女子ボートレーサーとして、その代名詞的な存在といえるのが、福岡支部の日高逸子選手です。1961年10月7日生まれ。宮崎県串間市出身で、現在は福岡県福岡市に在住する日高選手。福岡3場のなかでもボートレース福岡をホーム水面とし、数多くの活躍を成し遂げました。2014年には53歳ながら最高のパフォーマンスを披露。クイーンズクライマックス2014(住之江競艇PG1)を制し、女子選手の獲得賞金第1位に輝きました。

配偶者の日高邦博さんは一般人ながら、日高選手ととても仲が良いために露出する機会も多く、「Wikipediaに単独記事を持っている主夫」というユニークさです。言ってみれば「男性でも育児をできる」ということを人生を通じて証明した方であり、夫婦で講演に呼ばれることも多くなっています。

日高選手も複数のお子さんを出産し、そのたびに産休を経験してきました。それでも女子選手のトップとして戦い続け、SG競走で男子選手と技を競ったこともたびたびあります。

そうした活躍から、人気漫画『モンキーターン』の女子レーサー、青島優子選手のモデルのひとりであるとも考えられています。宮崎県出身で福岡競艇場が本拠地、それに負けん気も強いというあたり、実に一致している情報が多いといえるでしょう。

そんな日高逸子選手が、2020年9月5日、59歳の誕生日を1ヶ月後に控えたこの日に大変な試練に見舞われました。わずかコンマ01のフライングは、この期間の3回目。すなわちF3を計上してしまったのです。180日のフライング休みにより、B2級降格も確定しました。無事故完走であればA1級維持が決まったこの1戦で、最後まで攻めた結果でした。

「まさか引退するのでは」という懸念も流れたなか、日高逸子選手は戦いの舞台へ戻ってきました。2021年2月17日、ボートレース鳴門の女子戦がその舞台。休み中にはなんと3日しか練習できなかったにもかかわらず、見事に優出を達成。「日高はすごい」とファンを驚かせました。

とはいえ、まだまだ日高逸子選手の戦いは続いています。2021年9月現在、復帰後の初優勝を飾れていません。8月にはまた1つのフライングをしてしまったため、30日の休みが決まっています。それでも、日高選手は攻めの競走で戦い続けてくれるでしょう。


怪我からの復帰:加藤綾(4300/三重)

メインとなる2つの理由で長期の休みに入り、それから復活してきた選手たちを紹介しました。しかし、ボートレーサーにはもうひとつの付き物があります。それが「怪我」です。

体感速度120km/hで水面を滑走するボートレース。転覆や落水の衝撃は、「コンクリートに叩きつけられるのと変わらない」といいます。こうした点において、ボートレース(競艇)もまた、競馬、競輪、オートレースといったほかの公営競技と変わらず、命がけの競走を行っていることがわかるでしょう。

三重支部の加藤綾選手は、トップレーサーといえるほどの実績を残しているわけではありません。デビューから300節以上走って、今なお優勝という最高の喜びに浸れてもいません。これもまたボートレーサーのリアルです。

ですが、加藤綾選手は長い休みから戻ってきました。再びここで戦うために。加藤選手を襲ったのは、「ほかのボートが自分の体に直撃する」という大クラッシュです。このため、加藤選手は骨盤骨折を始めとする大怪我を負いました。

それでも、本人曰く「きれいに骨折したというか、骨が粉々にならなかったので手術せずに済みました」とのこと。アスリートのタフネスを感じさせるエピソードです。

完治する前に、早くも実際にボートに乗って感触を確かめたという加藤綾選手。怖さを感じる夢にうなされつつも、大事故から見事に戻ってきました。2021年現在も意欲的に競走をこなし、動物の保護活動にも積極的に取り組んでいます。三重支部の「アヤパン」は、不屈の精神を証明し続けてくれるでしょう。


女子ボートレーサーもまたプロフェッショナルとして「戦場」に戻ってくる

さまざまな理由から水面を離れ、そして類まれなる克己心でブランクを乗り越え、再び復活を遂げた女子ボートレーサーたち。その壮烈さは、まさしく究極の「女も男も関係ない」の領域にあり、令和の今もなお輝き続けています。

多くのボートレーサーが、長い休みからの復帰に際しては「不安」や「恐怖」を口にします。自分が前のようにやれるか、未来へ向けて成長していけるか、どんなにすごい選手でも怖いのです。

それでも、実際に一歩を踏み出し、再び水面という戦場を航走することを選びました。勇気とはまさしくこうした行動をこそ言うのだと、強く実感させてくれる意志の強さです。

特に、今回は理由の違う休みを経て、なおもボートレース(競艇)において戦い続けることを選んだ女子選手の皆さんを紹介しました。こうしたドラマの数々が、過去も、現在も、そして未来もファンを魅了し続けることでしょう。

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